歴史のことば劇場44
弱者切り捨て、強者の論理、市場原理との批判もあったようですが、
原文では「Survival of the Fittest」、
本来なら最適者生存と訳すべきで(今西錦司)、
生存競争の「Struggle for Existence」も、
生存抗争や生存のための格闘との殆ど極限状況的な意味を含みます。
またダーウィンによれば、
進化は生存淘汰で説明できるが、器官の退化などの説明にはならず、
「なにか追加的な説明が求められているが、私はその説明を与えることはできない」
と一部結論を留保した記述も見えます。
たしかに、森の王者で「最適者」のオランウータンやゴリラらの進化は完全に停滞し、
逆に、森林生活に適応できず、平地でも猛禽類に比して「弱者」でしかない人類が、
高度な文明社会を築きあげるのは、
最適者生存や自然淘汰では簡単に説明はつかないようです。
おそらく人間には「最適者生存」の自然界と違って、不適応の「弱者」にもかかわらず、社会的・文化的に進化する歴史があるようですが、
人間には自分になぞらえて対象を見る「人癖」があると論じましたが、
当初の進化論には19世紀西欧思想の「人癖」(木村尚三郎)や擬人主義が見てとれるようです。
いっぽう、現代の市場経済や資本主義の成功も、企業家の能力や努力に依存しますが、
それが富裕層の繁栄や成功だけに貢献していると考えるのは困難です。
経済学者 J.A.シュンペーターによれば、
「安価な布…安価なブーツ、安価な自動車などは、典型的な資本主義的生産の功績で、一般に金持ちにとってそれほど意味のある改善ではない。…
資本主義の功績は、女王に絹の靴下を多く提供するのでなく、着実に労力を減らすのと引き換えに、それを女工の手に届くものにしたことだ」
ここ30数年、途上国の消費は世界の2倍以上の割合で増え、世界の絶対的貧困は18%を切ったといわれます(Ⅿ・リドレー)。
いわゆる資本収益の増殖が経済成長率の伸びより早いことで、格差は必然的に拡大しますが、しかしながら、
その資本拡大が一体どこに最大の影響を与えたのか。
富者はより豊かになったが、貧者はそれ以上に豊かになった面がある。
窮民救恤の詔(明治2)では、宮廷費・年額七万五千石を節倹して一万二千石を救済に充てると宣しました。
日本近代化の基点にも、弱者の地位向上への指向性がうかがえ、
それゆえ弱肉強食的で最適者生存の自然界とは異なり、
いわば「社会的・文化的な進化」としての伝統的な倫理道徳とともに繁栄や成功をもたらしていた
と考えられるのではないでしょうか。