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実質的な憲法としての男系継承と国民の自由・権利

歴史のことば劇場101

実質的憲法としての男系継承と国民の自由・権利

憲法という語は、もともとは国家の最高法規という意味ではなく、明治初年にconstitutionを「憲法」と訳しますが、同13年、東大法学部は憲法でなく「国憲」との科目を設けます。

それが15年、伊藤博文に欧州「憲法取調」の勅語が発せられ、17年までに東大の科目が「憲法」に変わり、今の憲法の語が定着します(穂積陳重)。

現在でも憲法は成文・不文を問わず、国家の組織原理や規範の意味で使われ、

「古代ローマの憲法」や「英国中世の憲法」「憲法慣習」など、これらを法学者は「実質的な憲法」と呼び、逆に制定法や成文の憲法典を「形式的な憲法」と呼ぶ。

これは現憲法のような憲法典は「内容においても表現においても、実質的憲法の法源としては不完全」であり(小嶋和司)、

憲法解釈は「憲法に直接述べられていない国家生活の本質や立憲的原則などから導出される不文の道理…社会の現実的必要にも充分な尊重をあたえて勘考」するからです。

 この不文の道理たる「憲法慣習」の典型例が、皇位の男系継承であり、近年の憲法概説書(渋谷秀樹)でも、男系男子は現憲法の「当然の前提」であり、「千数百年を経ての憲法慣習」である、男系継承に関わる皇室典範の改正は、国会の議決では行えず、改正には「憲法改正か国民投票が必要」だ、云々。

 つまり、男系継承を否定するのは法律的な無知や逸脱の産物であり、また憲法上の「象徴」とは、英国の立憲君主制に由来し、有名な権利章典(1689)の正式名は「臣民の権利及び自由を宣言し、王位の継承を定める法律」でした。

 E・バークによれば「わが憲法は慣行的な憲法であり…慣行権は、あらゆる権利の中で最も確実なもの」であって、「世襲君主制以外の経路や方法をとる限り、我々の自由が、世襲的権利という形で整然と末代まで受け継がれ、かつ神聖なものとして保持されることはありえない」(坂本義和)。

国民の自由や権利と王位継承は密接不可分であり、「慣行権」としての憲法は「道徳的な拘束」であって、

「この道徳的限界は、国家のあらゆる権威を行使する人々を完全に拘束する…肩書の違いも、身分の違いも、そこにはない」。人間のつくる法は不完全であり、自然権は本来、社会の古くからの定めや成文法の中に不十分な形で見出され、自然法を成文法の内で定義するのは傲慢である(R・カーク)。

 それゆえ、実質的な憲法も「法の源泉であり原因であるところの…実定法を超えた至高の手続き」(バーク)すなわち形式的な憲法や法律を超える「法の発見」によって歴史的に見出される。

これが「法の支配」という本来の意味での「不文の道理」であり、憲法改正や皇室典範改正にむけた歴史上の鉄則といえます。

これら「先祖からの遺産」である憲法慣習すなわち実質的な憲法は、国会の議決や国民主権を拘束します。

いかなる政権であれ、この原理・原則の無視や逸脱は許されず、それらは皇位の正統性はもちろん、法の支配の原理、国民の「権利及び自由」をも危険にさらす「権力の濫用、逸脱」と断じてよいのではないでしょうか。

 こうした実質的憲法の原理を無視するような、昨今の改憲やら皇室典範の議論とは、議論や思考の基本を間違えた、いわば時事的な政治談義の典型例にすぎず、ひいては国民の自由、権利を無視する議論の一種と言えるようです。

小林秀雄の戦後批判とモダニズム文学

歴史のことば劇場100

小林秀雄の戦後批判とモダニズム

 小林秀雄が敗戦直後に「諸君は悧巧だからたんと反省するがよい、私は馬鹿だから反省などしない」と放言し、戦後派から顰蹙を買ったのは有名ですが、

彼は『私の人生観』(昭和24)では、宮本武蔵の言葉を使って彼らを批判しました。

 小林が武蔵を「偉いと思ふのは…通念化した教養の助けを借りず…ある極めて普遍的な思想を、独特の工夫によって得るに至った」からとし、

有名な「我れ事に於て後悔せず」の一節を引用しながら、日本の先の敗戦を「封建主義の誤り」とするような「平均的知識で膨れ上がった頭脳」を批判します。

デビュー作「様々なる意匠」(昭和4)でも、

印象主義も、マルクス主義も、写実主義も、新感覚派も、大衆文学も、要するにただの「意匠」にすぎないと一刀両断に切り捨てた。小林が心酔したボードレールも

「博愛家(フィアントロープ)、進歩派(プログレシスト)、功利派(ユテイリテール)、人道派(ユマニテール)、空想社会主義者(ユートピスト)ら、不易の人間の本性や社会構造の避けがたい配置に何らかの変化を企てる連中を心底から憎悪し…不易なるもの、永遠のもの、寸分たがわぬ同じものしか信じなかった」(ゴーティエ)

 親友・河上徹太郎によれば、

当時小林の中では「志賀直哉の感受性」と「科学的進歩主義の愚劣を…皮肉ったボードレールの夢とが、等しく嫌人性的である」ことによって同一化していた。

また『私の人生観』でも、武蔵のいう「観かんの目鋭く、見けんの目弱く見るべし」を引用するが、「観」とは「全体的に直覚」すること、「見」とはカテゴリカルな分析のことで、武蔵の「観の目」をかかげることで「近代的知性の堕落」や「末梢的な進歩」を斥けた。

「この(武蔵の)剣法が、小林のものの見方、又人生の本義といふところに結びついて来るところに、私(河上)は彼の批評的方法の本質を見る」と。

 小林自身、「私達の共感の存するところ、古典は今なお生きている…(それが)生きるか生きぬかは、同じ私達の詩的共感の深浅による、詩人の持つ観の目の強弱による」と述べた。これも「すべて現代的なものが、いつか古典的なものとなる価値をほんとうに得ること」(ベンヤミンのボードレール論)に通じ、

20世紀モダニズムの旗手T・S・エリオットは、正統主義とは「現在生きている人間も、過去の人間も意見の一致を見るような、正統的な基準によって考えること」と論じました。

 小林が「どうにもならぬ新しさ、普遍性」を武蔵に見たというのは、この「現代性(モデルニテ)」の正統主義を武蔵に見たということであり、

後に、小林の仕事は、仁斎、徂徠、宣長ら近世思想へと向かい、19世紀歴史哲学ばかりか近代文学・思想の次元も超えて「現在も、過去も、意見の一致を見る正統性」の探求に自らを賭けていきます。

小林による戦後批判や古典回帰とは、「不易、永遠、寸分たがわぬもの」を求める、世界的なモダニズムの本流に掉さす批評であり、

「現代が古典的価値を持つようになる」ための「根源の歴史」(ベンヤミン)の提示の試みだったのではないでしょうか。

モダニズムを背景とする理解は、小林の文藝批評を考えるには明らかに不可欠ですが、なぜか今まで等閑に付されており、

これでは、小林の作品全体はもちろん彼の戦後批判も理解できず、マルクス主義などを鋭く退けた小林の保守的な姿勢が、いぜん保守層においても理解されず、受け継がれていないのは、

そもそも世界的なモダニズムの潮流への理解が不足しているからではないでしょうか。

 

 

 

インフレや不況時に不可欠な「歴史的な見方」

歴史のことば劇場99

インフレや不況時に不可欠な「歴史的な見方」

アメリカによるイラン攻撃以来、連日インフレや燃料不足の懸念が報じられますが、

昭和48年秋、日本経済は既に年率2割の物価上昇にあり、そこに石油危機が襲い、化学製品、鋼材、セメントなどが不足し、トイレットペーパーや洗剤が店頭から消える騒動が起きます。

また前年の日本列島改造ブームで、土地投機から地価暴騰が生じ、卸売物価や消費者物価が急騰し、所得格差も広がった。

「企業家が投機利得者profiteersとなるとき、資本主義は存続できない」(ケインズ)

 香西泰によれば、田中角栄内閣は発足後、

金利引下げ、新幹線計画、2兆円減税、福祉拡充、国債増発の大型予算も打ち出した。

これは歴史的前進である一方で、ニクソンショック、円切上げでも、石油危機により年率4割超の「狂乱物価」の通貨インフレを招き、結果、財政緊縮、金融引締めに転じ、49年度は戦後初のマイナス成長に陥ります。

石油危機から安定成長への流れとは、意外にも「古典的な資本主義のルール」に導かれ、

官庁主導というより企業や家計、地域が草の根レベルで敏活に反応したことが決定的に重要でした。

公共部門拡大への依存はむしろ危機を招き、その見通しは容易ではなく、

「この選択は経済的な問題であるだけでなく、広く社会観・個人観など倫理(エトス)にかかわる問題」でした。

かつてシュンペーターは

「繁栄を人々の幸せとして、不況を生活水準の低下と結びつける見方が一般的」であるが、しかし「その相関そのものは存在しないか、それどころか相関関係は逆かもしれないと信ずべき根拠がある」(s・ナサ―)と述べました。

経済危機や不況は歴史上たびたび起きるが、生産力や生活水準は何倍も高くなった。それは「成長は断続的に起こる」が、技術革新が「時間軸上に均等に配置されず…不連続に…時には一時に大量に起こるからである」

国家が進歩を求めるなら、不況は受け入れなければならない。「不快に感じられる出来事は、全て一時的で…技術革新が生み出す不安定さは、自らを修復させる傾向があり」、資本主義は「安定した経済の仕組みであり…その安定さは増していく」

トクヴィルによれば、

民主主義社会では人々は自由への欲求を圧倒して平等への情熱が高まり、合法性や人間の独立などより、物質的な幸福への欲望に熱中する。

人は誰しも自分と他人を比較するが、物質的繁栄は平等には手に入らない。

もし自由な制度が悪く機能し、財産がおびやかさせる事態になっても、人々は自由を犠牲にしても幸福を確保しようとする(R・アロン)と。

要するに、一時的で、場当り的な経済構想が目立つのは、民主主義社会が「落着きのない、騒々しい社会」であり、自由な精神より平等で物質的な条件を愛する傾向が強いからである。

けれども、この「宿命的な欠陥」を補い、自由と繁栄を守るには、

現今の人口減少ながらも多様性が求められ、過剰な公的債務がありながら巨大な金融資産を有する状況では、

いわゆる高い所得中心よりも、むしろ通貨や価格の安定のもとで新たな革新や成長を見出す時代となるのではないでしょうか。

AIの偏見と「象徴」の本義(その2)

歴史のことば劇場97

AIの偏見と「象徴」の本義(その2)

 天皇に関する「象徴」という語は、戦中から駐日大使グル―や国務省の知日派の間で使われ、

現憲法に記したプール海軍少尉とネルソン陸軍中尉は、バジョット『英国憲政論』を参照したといい、

AIの回答も同様の指摘があります。

「国民は党派をつくって対立しているが、君主はそれを超越している。君主は表面上、政務と無関係である。そしてこのために敵意をもたれたり、神聖さをけがされたりすることがなく、神秘性を保つことができるのである。

またこのため君主は、相争う党派を融合させることができ、教養が不足しているためにまだ象徴を必要とする者に対しては、目に見える統合の象徴となることができるのである」(英国憲政論)

しかし、同書には「教養が不足しているため象徴を必要…」など君主制を軽視する表現が散見されます。

プールらが参照したのは1867年版のバジョットの原典ではなく1928年以後の「世界の古典」の普及版と思われ(中村政則)、

後者には英国外交官バルフォアの解説文が巻頭にある。

プールは後年のインタビューで「象徴」は1931年のウェストミンスター憲章によるものと答えており(鈴木昭典)、バルフォアは同憲章の元となったバルフォア報告の代表者でした。

同憲章の前文には、

国王は「(英国連邦)構成国の自由な結合の象徴」とあり、英国憲政論のバルフォアの巻頭文にも次のようにある(深瀬基寛訳)。

英国の王制は、バジョットのいう民主的性格を隠すもの(「擬制(ぎせい)された共和国」)ではなく、かえってその性格を顕わにするものである。「国王は一党派の指導者でもなく、一階級の代表者でもない。一国民の元首である―実は、多数の国民の元首である。彼は万民の王である」

「我が国王は、その皇統と職務により、我が国民の歴史の生きた代表者である」

要するに、国王とは元首であり、万民の王、自由と立憲主義の「歴史の生きた象徴」である。

このバルフォア流の君主論を参照したであろうプールは、「象徴」とは「精神的な要素を含んだ高い地位」であり、

「それは単なるお飾りであってはならない」「天皇は、直接的には政治上の権限は持たないけれど、ある重要な役割を持った、国民に尊敬される立場にある」(鈴木)と深い敬意を示した。

また立憲主義は、本来、法による公権力の統制にとどまらず、憲法を超えた社会全体や個々の利益に妥当する政治道徳を持つ側面があります(長谷部恭男)。高柳賢三によれば、GHQ民政局長ホイットニーは「声を張り上げ、天皇にはすべての尊厳(dignity)と名誉(honor)が与えられるべきである、しかし実際政治に介入することはしないというのが新憲法に関するマ元帥の考えだ」と述べた。

こう考えていくと、個々の多様性や世界観、自由を保障しながらも、対立矛盾や混沌を超えて社会の利益を実現する立憲主義、政治道徳性、あるいは自由の体系などの象徴が、元首であり君主であり天皇である――

これらがバジョット、バルフォア、プールらの思考から窺える、英米法の本来の「象徴」の論理であろうと考えられます。(つづく) 

 

 

 

資本主義と「下層階級の地位向上の傾向」

歴史のことば劇場84

 先日、ソフトバンクグループと米国オープンAIが新会社を設立し、今後4年間で約78兆円もの巨額投資を行うと、トランプ大統領を前にして発表されました。

これに対し、イーロン・マスク氏は「彼らに資金はない」「詐欺師」などと罵倒したとされ、

いっぽう、中国製の低コストのAI・デイープシークが公表されるや、米国の主要半導体企業などの株価は一時、暴落しました。

「創造的破壊の嵐が、繰り返し吹き荒れる」―

巨大IT企業のⅭEOといえば、絶対君主のように言われますが、彼らが夜も寝られぬ思いをする激しい競争とは、ライバル企業が価格を下げるようなことではない、自社製品を「時代遅れ」にする起業家の革新(イノベーション)だと指摘したのは、経済学者シュンペーターでした。

彼はそれを「創造的破壊」と呼びましたが、いまや巨大企業も競争相手に対しては脆弱化し、顧客や世情の変化に戦々兢々としています(Ⅿ・リドレー)。

またシュンペーターによれば、

資本主義には富裕層よりも低所得層を豊かにする構造がある。安価な衣服や靴、自動車などは、富裕層にはさほど有難みはなく、むしろ一般人の手に届け、仕事や雑用から解放される余暇という新しい商品を生んだ。

資本主義による行動や思考の合理化は、大量生産のほかに社会立法の手法や意志をも生みだし、

フェニミズムや平和主義、少子化も、基本的に資本主義による現象である、と。

ハイエクによれば

「下層階級の地位の向上がいったん加速し始めると、富裕層への迎合は大きな利益の源泉とはならず、大衆の要求に向けられた努力に地位を譲る。最初は経済的格差をおのずと深刻化させる力も…いずれその格差を消滅させる傾向にある」。

じっさい、近年のIT化も、従来の経済原理だった「収穫逓減」ではなく「収穫逓増」の経済世界をもたらし(B・アーサー)、

ここ三十年以上、途上国の貧困層の消費は、世界の二倍を超える割合で増え、「富裕者は、より豊かになったが、貧しい者は、それ以上に豊かになった」(リドレー)

Ⅾ・アセモグルによれば、技術革新にはある特定の制度の下で自然に発生し普及するパターンがあるという。

それは自由や権利、情報伝達が広く保証される「包括的な制度」であり、その対極が「収奪的な制度」である。世界経済の成長はいぜん先進国の技術や需要に支えられ、グローバル化という外から容易に導入できるテクノロジーや資本が枯渇すれば、成長は減速するかもしれない。

現今のAIの高度化、下層階級の地位向上、人口減や高齢化などの世界状況に対応できるような個別的で繊細、多様性をもたらす技術革新は、

本来ならば「収奪的」な全体主義権威主義の社会ではなく、西側世界の「包括的な制度」の社会で進化する可能性が高かった。

けれども、安全保障上、不可欠とはいえ、米国の半導体規制は結果的に中国製AIの高度化を生む結果となり、

また関税政策がこれ以上進めば「包括的」社会の進化は鈍化する恐れもあり、

それは世界経済はもちろん「下層階級の地位向上の傾向」にも深刻に影響すると覚悟すべきではないでしょうか。

古典に学び、新しい境地を共にひらく

歴史のことば劇場83

江戸時代の学習は、素読(そどく)
に始まり、まず師匠が『孝経』や『大学』の一字一句を字突(じつき)で指しながら訓読し、それを子供が復唱する付読(つけよみ)
が行われます。

家に帰って何度も復習し、次回は前の箇所を正確に暗唱できるかどうかの点検に始まります。

わずかでも間違えれば次に進むことは許されず、一日百字、これを百回もくり返せば、誰でも一年半で四書(ししょ)
を読めるようになり(貝原益軒)、ある一節を聞けば次の節が流れるように口に出るようになる。

素読とは、孔孟の言葉を身体にそのまま埋め込む「テキストの身体化」であり、これにより古典の文体にもとづき思考し、行動する、共通の型や慣習がつくられた(辻本雅史)。

次の段階の「講義」の場も、個人的主張の場ではなく、注釈書にもとづく講釈が中心で、講義の次は「会読(かいどく)」といって、共同で読書し、解釈や議論を自由に交わす共同学習の段階へと進む。

会読や輪講は、全国の私塾や藩校で行われ、伊藤仁斎荻生徂徠国学蘭学が出現する教育的な基盤となり、有名な解体新書の共訳も、吉田松陰による教育も、いわば会読の輝かしい成果(前田勉)でした。

西欧でもJ・S・ミル『自伝』(1873)によれば、経済学の学習方法に関して、彼の父ジェームズは、わずか10歳のミルに、毎日ある一定の理論的思考過程を話して聞かせ、翌日に同じことを文章で再現することを求めた。

これを十分にものにしたと父が判断するまで、文章による再現は繰り返されなければならない。ミルの友人たちも同様な訓練を行い、毎朝仲間の一人のところに集まり、理論的な議論のために一時間を費やし、その時彼らが基礎にしていたのは、老ミルの『経済学要綱』でした。

シュンペーターによれば「実際この道が正しい道だった」。

「メンバーは、基本的な失策を不可能にする平均的な水準に立脚し…時代の大きな問題を明確にしっかりと直視した」。

近頃の教科書は、多くの社会問題を内容豊富に概括するが、それでは基礎をマスターできず、本質的な理論的見解が血となり肉となることはない。これを飛び越して現実の経済政策問題へと向かえば、永続的なものは入手できない。

そうではなく、先行者の論述についていき、彼といわば一緒に議論し、全ての論拠をじっくり検討し、思考過程や結論に際して用いた手段に絶えず注意を払えば、理論的に正しく考えることが身につく。

その際、用語の使用法は、可能な限り過去の伝統と調和させねばならない。先行者たちの経験が我々に教える間接的な示唆や、微妙な隠された警告に気づきやすくするためである(A・マーシャル)。

要するに、江戸期の偉才たちも、近代経済学を形成した人々も、学習方法には共通性がありました。

古典的テクストの全ての思考過程に気を配り、自分の力で再構成し、皆で再確認することで、先行者と同様に時代の制約や困難を乗り越え、新しい境地を共に切りひらく「永続する力」を得ていたのであり、

これらは教育の本来のあるべき姿を指し示しているのではないでしょうか。

長期的で、歴史的な視点が、不可欠な理由

歴史のことば劇場82

選挙や政治論議では、景気対策や所得政策がよく争点になりますが、

しかし経済学者シュンペーターは、

「繁栄を人々の幸せとして、不況を生活水準の低下と結びつける見方が一般的」であるが、

「その相関そのものは存在しないか、それどころか相関関係が逆かもしれないと信ずるべき根拠がある」と述べました(s・ナサ―)。

曰く、1848年(『共産党宣言』が出た年)以降、経済危機や不況はたびたび起きたが、世界は崩壊せず、むしろ生産力や生活水準は何倍も高くなった。

「成長は断続的に起こる」が、それは技術革新が「時間軸上に均等に配置されず…不連続に、時にはいくつかが集まり、時には一時に大量に起こるからである」

国家が進歩を求めるならば、不況は受け入れなければならない。「好況と不況が交互に訪れるのは、資本主義の時代における経済発展の様相」だ。

「不快に感じられる出来事は、全て一時的で…技術革新が生み出す不安定さは、自らを修復させる傾向があり、不安定さが蓄積され続けることはない」。資本主義は「安定した経済の仕組みであり、しかもその安定さは増していく」

要するに、一時の好不況に拘泥せず、長期的で、歴史的な視点を持つことが「資本主義の繁栄」につながり、

逆に長期的な停滞には、それなりの理由がある。

不況とはハイエクによれば、

それに先行する好況時における過剰な資金の創出と低すぎる金利による「大規模な投資ミス」により起きる。

シュンペーターも参加したニューディール政策批判の声明書によれば、

人為的な刺激策による「復活」は、不況が果たすべき役割の一部を未完のままに止め、不均衡が不均衡をよぶ。とくに金融(通貨と信用)の操作による療法は、根本的な問題が通貨でもなければ信用でもない以上、将来の新たな問題を生む可能性が高い(ナサ―)。

トクヴィルによれば、

民主主義社会では、自由への欲求を圧倒して平等への情熱が高まるといい、人々は合法性や人間の独立などより、個人や集団の不平等をなくすこと、物質的な幸福への欲望に熱中する。

けれども、人は誰でも自分と他人を比較するが、物質的繁栄は平等に手に入らないから、社会はつねに落着きのなさに悩まされる。

落着きなく、たえず動くけれども、基本的には安定する。この騒々しい社会は、自由ではあるが、人々は自由な精神よりも物質的な幸福を愛する。

もし自由な制度が悪く機能し、財産がおびやかさせる事態になっても、人々は自由を犠牲にしても幸福を確保しようとする傾向がある(R・アロン)と。

総じて言えば、景気対策などの一時的で、場当たり的な主張が強調されるのは、

民主主義社会が「落着きのない、騒々しい社会」であり、自由な精神よりも平等で物質的な条件を愛する傾向が強いからである。

この社会に特有な「宿命的な欠陥」を補い、自由と繁栄を守るためには、

シュンペーターハイエクの言うように長期的で、歴史的な視点は不可欠であり、

それなくしては「不断の進化と革新」の時代ではなく、むしろ長期的な停滞が待っているのではないでしょうか。