doi_iku’s blog

LINEブログから引っ越しました。

休刊や廃刊が続きますが📕📖📚「読者」とは、いつ現れたのか❔


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歴史のことば劇場⑪


▼「読者」と「国民」をつくった非西欧的なもの


 著名な雑誌も、あわただしく休刊や廃刊する

出版大不況のご時世ですが、

日本の出版業は、歴史的には、

江戸時代のはじめに始まります。

つまり、

いわゆる出版(パブリッシング)とは、

較的に新しい産業であり、

それまでは

印刷(プリンティング)の文化はあっても、

営利的な出版という事業は

存在しませんでした(今田洋三)。

KIMG0396.JPGまた、出版は、
単に、識字率の向上だけでは
利益はあがらず、
おカネを財布から出して
各自がじっさいに本を買うという
そうした文化的で、経済的な水準に達した
幅広い層がない限り
成立しない商売です。
またそれは
いま何が求められているのか、
潜在的購読者層」の欲求をするどく見抜く
天才的な先駆者がいたからこそ
発展したといえるでしょう。
そうした潜在的欲求を見抜いた先駆者の代表格が、
江戸中期の「蔦重(つたじゅう)」こと
蔦谷重三郎であることは有名です。
蔦重の処女出版は
かの「吉原細見(よしわらさいけん)」(※遊女や遊郭の紹介)
の画期的なリニューアル本でした。
当時、江戸の成年男子ならば
吉原細見をみたことがない者はなかった…
“細見を四書(ししょ)文選(もんぜん)のあいに読み”
である」(同)
ともいわれ、
あの口の悪いことで知られる
南総里見八犬伝』の滝沢(曲亭)馬琴でさえ、
蔦重の「巧思妙算」には脱帽で、
「風流も無く文字もなけれど、世才人に捷(スグ)れ…
当時の諸才子に愛顧せられ…
皆時好(じこう)にかなひしかば…
毎春…一万部」、
時には「一万二三千部」も売れ、
「抜出して別に袋入れにして又三四千部も売ることあり」と、
蔦重の出版業の才覚を褒め称えています。
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どうやら、

日本の出版業の発展には、

こう考えると

江戸の風俗産業の貢献が

意外に大きかったといえるようですが、

しかし、例えば、

徒然草(一三三一頃)が、

古典の名著として広く一般に認識されるのは、

じつは中世ではなく、近世の江戸時代であり、

現在、徒然草は、

古典籍としては、写本・刊本をあわせて

九〇八点ほどが伝来するそうですが、

そのうち中世の写本は一%強にすぎず、

残りの大半は

江戸期の刊本になります(横田冬彦)。

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蔦重以前のベストセラー、

井原西鶴好色一代男』(一六八二)も、

源氏物語をはじめ

古典文学を意識した作品であり、

いわば「和歌的」な源氏に対して、

西鶴による「新しい恋の物語は、新しい散文詩的文章をもって飾る……大きな文学的野心の所産」(中村幸彦

といわれるように、

西鶴の作品は、

古典文学への深い理解や憧憬とともに、

新しい時代の風俗模様を描くことで

古典を乗り越えようとする

新興の小説(ノヴェル)であった

といえます。

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江戸後期に、
千島諸島を測量しようとして松前藩に囚われた、
ロシア士官ゴロブニンの『日本幽囚記』によれば、
「…他国民と比較すれば、日本人は世界でも非常に教育の進んだ国民である。
日本には読み書きできない人間や、祖国の法律を知らない人間は一人もいない…
西欧各国には…偉大な数学者・天文学者・化学者・医学者などがいるが、
日本にはそうした学者はいない…
しかし、これらの学者は国民を作るものではない。
だから国民全体をとるならば、日本人は西欧の下層階級より物事に関してすぐれた理解を持っている」
とあります。
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歴史学では、一般的に、

新聞や小説など膨大な出版物や

その読者の出現とともに

「想像の共同体」としての「国民」は成立する

と考える傾向がありますが(B・アンダーソンら)、

日本の出版業は、

当時の西欧近代化の影響をほとんど受けておらず、

しかも源氏物語徒然草など古典籍の刊行ばかりか、

好色物や吉原細見に見るような

風俗産業もまた

「想像の共同体」あるいは

「国民」の形成に大いに影響していました。

そうした高級、低級、

あるいは上層、下層との

あらゆる読者階層をつなげて

潜在的購買者層」

すなわち新しい読者や顧客を

獲得し、育成するといった、

出版にともなう

無数の試行錯誤によって、

われわれ「日本国民」は誕生した

といえるようです。

さらには、

先覚者による出版の成功や発展とともに、

種々多様でありながらも、

包括的で、一的な

「想像の共同体」としての

国民」文化の基底がつくられた

とも考えられるのではないでしょうか。

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