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自由世界の「精神に明記された」相互主義

歴史のことば劇場65

自由世界の「精神に明記された」相互主義

G7広島サミットやグローバルサウスとの会合は成功裡に終ったようですが、中国は日本を「西側の少数国と結託して内政干渉を行う」などと批判しました。

いぜん自由世界の国際秩序を受け入れず、軍拡に執着する国もあるようですが、この対立のメカニズムは「国家強度のジレンマ」という概念(中西寛)で説明される場合があります。

一般的に、国家は租税などの間接的な手法によって社会から資源を獲得し、一定のサービスを行うことで統治の正当性を得ます。

しかし新興国では、しばしば支配の正統性が確立されず、国家は直接的な収奪や統制により資源や秩序を獲得せざるを得ない。

それが国民のさらなる抵抗を生み、一層の抑圧ばかりでなく社会の活力を奪い、資源を先細りさせる。

このジレンマに陥った結果、軍事力の強化や国内抑制から現状を打開する他なくなり、

近代化や発展を遂げても、いぜん非民主的で、全体主義的な政治機構を継続していく。

また、西欧で国家主権の独立が強調されたのは、中世キリスト教や皇帝の持つ普遍的権威を否定する意味がありましたが、

実際は、近代西欧でも様々な歴史的つながりをもつ複数の主権国家が存在し、その間で調整を図る力学が働いていた。

国家主権にもとづきながらも、国際共同体としての要素が暗黙の前提にありました。

ところが、非西欧的な社会では、植民地や人種差別、共産主義体制の経験からも、西欧の実際的連帯と異なり、国家の独立や主権の絶対性を主張し、軍備強化をつづけた。

近隣諸国の間でも相互的に国際秩序を強化する傾向が弱く、

反対に、国家を超える相互主義的な紐帯はその歴史を持つ西側世界に偏在しました。

昭和26年9月7日、吉田茂は全権としての講和条約の受諾演説の冒頭、次のように述べた。

「こゝに提示された平和条約は懲罰的な条項や報復的な条項を含まず、恒久的な制限を課することもなく、日本に完全な主権と平和と自由とを回復し、自由かつ平等の一員として国際社会へ迎えるもの……

復讐の条約ではなく“和解と信頼”の文書であります」

E・バークによれば、

諸国家は「互いに文書や印章で結びついているわけではない。相似し、符合していること、同感できることによって結びつくように導かれる…。それらは自分たちが結んだ条約以上に力を持つ、精神に明記された義務である」(J・Ⅿ・ウェルシュ)。

また吉田によれば、

戦後の日米協調とは「自然且つ必然に…巧まずして発展生成した事実関係」によるもので、

日米ほど戦争の前後で両国の関係や感情が変化した事例はなかった。

要するに「懲罰や復讐」ではなく、世界大戦の「反省」(プレトンウッズ会議など)の上に戦後の自由経済体制が築かれ、

冷戦の開始により、日米の「巧まざる真実」、

期せずして符合し、相似し、同感できる「精神に明記された義務」がよみがえった。

そして日本は「自由かつ平等の一員」として迎えられ、全体主義勢力に対抗する集団的な安全保障体制に向けて「国家を超える相互主義的な紐帯」を結んだというのが、

日本の主権回復、国際社会への復帰の本来の姿であったと考えられるようです。

「懲罰や復讐」の歴史観から自由世界の「国家を超える相互主義」の国際秩序が生まれたのではない。

むしろ「懲罰や復讐」からは、国家主権を絶対視する全体主義の「ジレンマ」の罠に陥ると考えるべきではないでしょうか。