doi_iku’s blog

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「象徴」と立憲主義㊦


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歴史のことば劇場㉒
「象徴」と立憲主義(下)

GHQによる憲法の「象徴」条文の起草者は、
ウォルター・バジョットの『英国憲政論』を参照し、
当時、世界の古典版にあったバルフォアによる巻頭解説には、
「わが国王は、その皇統と職務により、わが国民の歴史の生きた代表者である」、
また、ウェストミンスター憲章にいう「(連邦)構成国の自由な結合の象徴」であり、
諸制度の民主的性格を隠すもの(※バジョットのいう擬制(ぎせい)された共和国)ではなく、
かえってその性格を顕わにするものである、
「国王は一党派の指導者でもなく、一階級の代表者でもない…
国民の元首である…彼は万民の王である」
とありました。
尾高朝雄の盟友といわれる清宮四郎は、
日本国憲法は、国民主権という、人類普遍の原理を採用しながら、同時に、伝統尊重の立場から、天皇の存在を認めた」(全訂憲法要論)、
天皇の御一身が、日本国または日本国民の統合という無形の抽象的存在を、有形的・具体的に表現または体現する」、
それは「憲法の創設にかかるものではなく、明治憲法時代にも伝統的・慣習的に認められていた」、
憲法は「それを成文化したにすぎない」、
憲法では「統治面と象徴面の両面を持っていた」のに対し、
憲法は「象徴のみを残した」(法律学全集3)
と述べました。
いっぽう、
宮沢俊義は、尾高のノモス理論を批判して
天皇制に与えられた致命的ともいうべき傷を包み…昔ながらの外観を与えようとするホウタイ」
と貶めました。
けれども、尾高ばかりか清宮も、
GHQも、宮沢とは異なり、
歴史伝統的で、
党派性を超えた「象徴」を想定しており、
とくにGHQの憲法起草者は英国流の立憲的な「象徴」を志向しました。
宮沢の学説を「八月革命」「無血革命」と名づけたのは
丸山眞男でしたが、
丸山を一躍有名にした論文
超国家主義の論理と心理」(昭和21)では、
近代日本は国家が倫理的価値を独占する超国家主義、「権威依存」「無責任の体系」に覆われた
と論じました。
しかし、津田左右吉は、
天皇の権威の源泉は宗教的・伝統的にいう「神」にあり、
昭和の特殊事例を除いて国家が「道徳的価値の決定者」であったことはない、
教育勅語にも、古代からの伝統にも、そうした超国家主義の絶対性はなかった
として
丸山をきびしく批判しました(昭和22)。
いわゆる主権論ほど、
「多くの紛糾する問題を起こし…
法学者や政治理論家たちを絶望的な迷路に引き入れた」概念はない(J・マリタン)のであり、
その反対に、
君主でも人民でもない、
誰が決めたものでもないがゆえに
誰もが「法の支配」を受け入れなければならないとするのが
本来の立憲主義であり、
それは尾高のノモス理論の特徴でもありました。
そうした意味では、
伝統的な神の権威(津田)に依拠し、制約されながらも、
それと同時に「国民に寄り添う」象徴(天皇陛下)とは、
人民の支配か、君主かの
主権論の絶対主義を排したところの
立憲主義の歴史性、
言い換えれば
八月革命や無血革命といった、
戦後の特殊状況的な論理とはまったく異なる次元の、
より普遍的で、常識的な「先祖からの正しい基準」(バーク)を、
令和の現代にあらためて取り戻したことを
「宣明」したもの
といえるのではないでしょうか。
そういえば、
米国独立革命時にワシントンの副官であり、
『ザ・フェデラリスト』の主要な著者であるアレグザンダー・ハミルトンは、
一夜にして過去と決別し、
法や秩序の伝統を否定するのが米国の革命だとは思ってはいなかった
といいます。
またハミルトンは、
はたして米国憲法には社会を守れるほどの耐久性が備わっているのだろうかと疑っており、
いつの日か立憲君主制が必要になるのでは、とも懸念していました(ロン・チャーナウ)。
憲法には
「黙示的権限の法理」があり、
「将来の不慮の出来事に備える受容性が必要」と考えていました(ザ・フェデラリスト)。
そして、憲法とは決して「完璧ではなく、時間と経験だけが国家の大事業を成功させてくれる」(同)
とも述べています。
そうした「完璧ではない」我々の憲法や制度の下でも、
「過去と決別する革命」の熱狂や断絶の不毛ではなく、
時間と経験の蓄積を可能にし、
国家を「成功」へと導いてきたのが
「黙示的な法理」としての立憲主義の論理であった
と言えるようです。
そして、戦後日本において、
象徴天皇制を支えた国民の支持とは、
皇室に対する静かなる支持であると同時に、
ハミルトンのいう「不完全」な憲法の下でも
「時間と経験の蓄積」を可能にする立憲主義に対する支持であったのであり、
それらが
戦後の高度な発展や繁栄という
「国家の大事業の成功」へと導いた、まさに我々の制度的な基盤であった
と考えられるのではないでしょうか。
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