doi_iku’s blog

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象徴天皇制の「静かなる決意」


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象徴天皇制の歴史的なる精神

I must become emperor—

 

昨年(平成30年)2月、

皇太子殿下は御誕生日に先立つ会見で

後奈良天皇」の逸話を語られた。

戦国期の十六世紀半ば、

洪水等による飢饉や疫病に心を痛められた天皇は、

苦しむ人々のため、諸国の社寺に奉納するために

自ら宸翰(しんかん)般若経を写経された。

ある奥書には

「私は民の父母として、徳を行き渡らせることができず、心を痛めている」思いが記されていた。

心経写経の例は、

平安期の嵯峨天皇を始め、鎌倉期の後嵯峨天皇伏見天皇

室町の後光厳天皇後花園天皇後土御門天皇後柏原天皇後奈良天皇などが挙げられる。

「私自身、先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、

両陛下がまさになさっておられるように、

国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむということを

続けていきたいと思います。

私が後奈良天皇の宸翰を拝見したのは(前年)八月八日に陛下のお言葉をうかがう前日でした。…

図らずも二日続けて天皇陛下のお気持ちに触れることができたことに深い感慨を覚えます」

かつて今上天皇は、

皇太子時代に

理想の天皇のあり方を記者から問われた際、

天皇は伝統的に政治を動かす立場にないとして、

嵯峨天皇以来の写経の精神を挙げ、

後奈良天皇の奥書を示された(岩井克己『天皇家の宿題』)。

それと同じ後奈良天皇の逸話を、

期せずして皇太子殿下もまた、

会見で語られた。

自省と愛民の帝王学は、

古代に始まるものの、

中世動乱の直前に厳格に意識化され、

以後、伝統的訓戒となり、

これを陛下と殿下は、

現在の象徴天皇制の歴史的源流の精神として

受け継がれたといえます。


ある意識や倫理観が長期にわたり持続されることで、

あらゆる感慨や情念が共同的に感ぜられ、

時代の精神となるとともに、

個々の事績を超えて正統な系列としてつながっていく(E・バーク)。


占領中、

ヴァイニング夫人の英語授業において、

「将来私は何になるか」の課題が出た際、

皆が「I will become…」と書いた中で、

今上陛下(当時親王だけは

「I must become emperor.」と書いた。

夫人は「それは違う。

I will become…と書きなさい」

と訂正した(岩佐美代子『宮廷に生きる』)。

しかしながら、

親王の心中は

「will」でなく「must」の

義務や宿命の感が漲っていたようです。

当時、皇位は決して安定的な予定や将来ではなく、

まして拒否する自由など考えられなかった。

だが「I must become emperor」の語調には、将来が見えない中でも、

皇位は必ず継承し、

何事も成し遂げるとの

静かなる決意がうかがえます。


皇統の帝王学象徴天皇制は、

この高貴な決意と共に受け継がれたようです。

皇太子殿下は会見で、

記者から、

天皇の存在自体が重要かそれとも活動が大事か、

昨今の退位論議に関わる質問を再三受けて、

こう結ばれた。

「中世史を研究している関係で、

譲位された天皇がおられる事実は承知しております。

私からは、とくにそれ以上のことは、今申し上げるのは控えたいと思います」

 

しかしながら答えは自ずからもう

明らかであり、

象徴天皇制の精神史、

「I must become emperor」の決意は、

あらゆる時代も困難をも乗り越える一系の皇統の帝王学となって、

陛下からの「譲位」、

殿下による「受禅」と共に、

厳粛かつ「歴史的」に継承されようとしていることは、

もはや多言を要しないと思います。


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